人気ブログランキング | 話題のタグを見る

絶望の深淵で光を放ち始める―ART-SCHOOLの真価

非常に個人的なことだけど、ここ最近のあたしは今まで歩んできた人生の中でも、最も健康な状態にいると確信している。健康って、精神状態の。
ただ、生まれてこの方情緒不安定なことの方が断然多くて、それが当たり前だったから、正直今の健康状態を素直に受け止められず、かえって不安に陥っているという側面も実はあって、って書きながらなんか今月号ジャパンの桜井氏の喋ってたこととモロに被ってんだけど、まぁ何と言うか結局「落ち着く」ってことに未だ不安を隠しきれない甘っちょろい人間なんだなと、凹んでみたり、どこかで安堵したり。


「健康」なあたしを掻き乱す音に触れた。
そうして、どうあがいても逃れられない宿命を感じてしまった。
嗚呼あたしの帰結するところは結局ここなのだと、訳も解らず涙が零れた。

ART-SCHOOLのニューアルバム『Flora』を聴いた。
断言する。
間違いなく、過去最高のアルバムであることを。

共同プロデューサーに益子樹さんを向かえ製作された本アルバム。リッキーが「キラキラしたアルバムが作りたい」という意図の下、益子さんにオファーしたのだそうだ。
益子さんの演っているROVOの音を聴いたことがないのであたしはよくよく知ってるわけではないのだけど、スーパーカーのプロデュースをしていたという話を聞いて、「スーパーカーをプロデュースする人がアートを??全っ然想像出来ない」と、期待半分、アートと益子さんというあまりにかけ離れたベクトル同士のドッキングに全く想像が及ばないでいた。

でも『Flora』の1曲目「Beautiful Monster」の出だしを聴いた瞬間、これはただ事ではないと悟った。しょっぱなから聴く者にアグレッシブに切り込んでくるグルーヴ。何よりも一つ一つの音が解き放たれていくのを感じた。蕾がふわっと花開くような、いとおしくて確かな生命力。

Floraとは豊穣の女神のこと。
そのタイトルに相応しくどの曲も瑞々しい感性で溢れている。
あたしは前作『PARADISE LOST』でそれまでモノクロだったアートの世界が色付きに変わったと思った。そしてリッキーが求める光に確かに手を伸ばし始めたと。
『Flora』はリッキーが意図した通り、本当にキラキラしている。あたしが感じたキラキラ感は、日が傾いてきた午後の砂浜、波打ち際で小さな砂粒や貝殻、砕けたガラスの破片が光に照らされて乱反射するような、一瞬一瞬の連続、でもその一瞬に強烈な光を放つような力強さだ。
今作サウンド面では、リッキーのルーツである90年代の音楽を消化して提示してみるという明確な目的があり、そのために益子さんがプロデューサーとして迎えられたということもあり、鳴らされる音はとても明快だ。
そして明快な分、今まで以上に磨きのかかったソングライティングが、とんでもなく殺傷能力の上げていた。粒ぞろいとはまさにこのこと。畳み掛けるような怒涛の美メロ攻撃。これだけシンプルに綺麗なメロディを書く人はそうそういない。
そんな美しくもポップなメロディに乗せられる歌詞は、最近ますます生々しさを増していっているが、このアルバムにおいても期待を裏切らず相当キレている。
初期のアートは、単語のチョイスこそエグぐて儚くて哀しみに満ちていたが、全体を通してみた時、それらはリスナーのイマジネーションの世界へと溶け込み、各々の心象風景の中でオブラートに包まれていたように思う。
しかしここ近年リッキーが書く詞は、実も蓋もない余りにも明け透けで繕えないような現実ばかりだ。それをまるで独りごちるかの様に無防備に提示してくる。浮かれたウンコみたいな音楽を聴いている人たちがこの現実を見据えた歌詞を見たらどう思うのだろう。


「僕たちの希望は 空に舞って それから 下に落ち 砕けた」
(テュペロ・ハニー)

「信じることはさぁ 裏切られるよりも 苦しいなんてねぇ 知らないでいたかった」
(影待ち)

「どんな痛みも むしろそのままでいい」
(アダージョ)

「大人になるとすべて 上手くいくはず そう思っていたけれど 何故こんなにも 哀しい歌が 哀しい音が ただ生まれては 泡みたいに揺らいで消えんの?」
(Close your eyes)

「「苦しんだ分だけ強くなる」 そうじゃねぇ 弱くなったんだ」
(SAD SONG)


リッキーの書く歌詞はペシミズムでもナルシシズムでもない、目の前に広がる現実と馬鹿正直に向き合い続けるが故に紡ぎ出される徹底したリアリズムだ。頑張れば救われる?愛する人と出会える?一生添い遂げられる?夢は叶う?―違う。あたしたちは無邪気に何かを信じられる子供じゃない。上手くいかないことも、諦めなければならなかったことも、出逢いも、愛も、夢も、コミュニケーションも、周りを見渡せば果たせなかった屍で溢れかえっている。そういう哀しい事実を、この人はありのまま歌う。そしてそれは安っぽい希望の歌で癒されない心にそっと寄り添ってくれる、どこまでも優しい歌となるのだ。だってリッキーは簡単にでっかい希望とか語ったりしない。大きすぎる希望が時に暴力と成り得る事を知っているから。
疲弊しきって涙も枯れ果てて、それでも立ってなきゃいけないという孤独を包み込んでくれるアートの曲は、光と影のコントラストにますますキレがかかってきている。

「くだんねぇオレだって くだんねぇ君だって 白鳥になれそうな ただそんな気がするんだ」
(Beautiful Monster)

「穴が開いた身体抱いて 何処までも行けるような 腐りきったオレのままで 何処までも飛べるような」
(THIS IS YOUR MUSIC)


今回アルバムの中に戸高くんが作詞作曲、歌を担当した曲が2曲収められていて、それがかなりポイント高い。赤裸々な言葉で綴らない戸高くんの詞は、いい意味でリッキーのどろどろ加減を中和してくれている。アルバム最後の曲も戸高くんの曲なのだけど、最後の曲でなんとも言えず救われた気持ちになるのだ。



全15曲。これは今までのアートとは明らかに一線を画すアルバムだと思う。勿論過去から地続きであることは解っているけれど、サウンド・歌詞、どれを取ってみても何か違う。上手く言えない。だけど、何度聴き返してもドキドキがこんなにも止まらないアルバムは、正直初めてだ。
個人的には「アダージョ」のメランコリックさと、「IN THE BLUE」の壮大さは必聴だと思ってます。ていうか全部全部ホントに名曲揃いでどれか一つを推すなんて出来ないんだけど、「IN THE BLUE」は本当にすごい曲だと思う。「壮大」という言葉をアートの曲を表す時に使うなんて想像だにしなかった。だけどこの曲の広がりは、何処までも深く、蒼く、冷たく、まるで深海か大気圏のようなただならぬ雰囲気を持っていて、「シガーロス!」って思ってしまった。


美しく力強いアルバムです。
もっともっと目開いて生きていこう。
by coffee-cigarette | 2007-02-28 14:20 | 音楽
<< ウンザリ 買った… >>