お洋服への接し方、買った詩集のこと

昨日、時間つぶしに某ファッションビルに「見てるだけ~♪」しに行ったんです。


あたし、以前よりすごくすごくすごくすごくすごく・・・気に入らないことがありまして。

昨日もそれに遭遇してしまい、いい加減もう、ウンザリしてしまいました。


洋服って、棚に畳んで置いてあるものもあれば、ハンガーに掛けて並べてあるものもあるでしょ。

問題なのは、ハンガーに掛けてある洋服で。

あのコら時々床におっこっちゃってることあるよね。

それをね、何故みんな拾わない?


何故拾わない?


何故拾わない?




昨日もそのファッションビルの洋服屋さん(ナ〇ユ〇バ〇スでしたけど)で、まさにそういう状況を見かけまして。

あたしは落ちてるのに気がついてすぐにでもそのコに駆け寄って拾ってあげたかったんだけど、そこには既に人が立ってて洋服見てるんですよ。
で、そういう状況で床に落ちてる洋服拾いに行くためだけにあたしがそこへ行ってしまうと、その人に対して失礼かもしれないと思い、しばし傍観するかたちをとったわけです。
何故失礼に当たるかもしれないと考えたかというと、あたしがつかつかと近づき服を拾ってハンガーに掛けることで、「な、何よ、あたしだって服が落ちてることに気がついてたわよ、拾おうと思ってたところを横からしゃしゃり出てきて!」なんてな風に、結果としてその人を常識/良識のない人に仕立ててしまう可能性があったからです。

そのオンナの視線の動きを見ると、明らかに洋服が落ちていることには気がついていました。

大体、洋服屋さんで洋服が床に落ちているという明らかに逸脱した状態、気がつかないわけがない。

心の中で「あの人は洋服に気がついている。あたしが拾いに行かなくても、ちゃんと拾ってくれないかしらん」と期待もしてたんです。

したら、どうよ。

拾わねーの。

もう、オンナが去った後、速攻で落ちてしまったカットソーの救出に向かいました。

「偉いねー。よく頑張ったねー。」と、心の中でいたわってあげました。


愛が、足りない。

愛が足らなさ過ぎます。

お前ら、洋服が好きなのか?

っていうか、落ちてるものを拾うくらいの常識もねぇのか?


気に入る/気に入らないはさて置いて、どのコもいずれは誰かの手に渡るわけです。

店頭にある間は誰のものでもないけど、反面誰かのものになる前の「みんなで共有してる」状態でもあるはずなのです。

「あたしのものじゃないから関係無い」のではなくて、「誰かのものになっていくものだから大切に扱う義務がある」と思うの。

「すみません~」って以前落ちてたワンピース拾って掛けた時に店員さんに言われたけど、それはあたしにじゃなくて、この洋服に言わんかい!!

店員さんも、ハンガーから服が落ちることはよく起こることだとはっきりと自覚して、こまめに目をやるとか注意をすりゃあいいのに、何故しない?

頭来るわ。




◇◇◇◇◇


洋服屋さんを一通り見た後、本屋さんで素敵な詩集を購入しました。

2冊買ったんだけど、どちらもジャケ買い。

どちらも挿絵があって、装丁も可愛らしいし、行間とかフォントのチョイスもしっくり良い感じ。

1冊はジャン・ジュネの『Un Chant d'Amour(愛の歌)』。日乃ケンジュという、あとがきによると30歳にもならない新進気鋭の画家の絵が挿絵に使われていて、木炭画のそれは滑らかで品があって同時に奇怪なグロテスクさも持ち合わせていて、かなり青猫好み。
もう1冊はオマル・ハイヤームの『ルバイヤート』。ロナルド・バルフォア(1896-1941)という画家の絵で、一瞬ビアズリーかと思った。ビアズリー大好きっ子の青猫としては思わず惹かれた一冊。衣擦れの音が聞こえてきそうなエロチックな絵。 

もうこうなると、詩の内容とか、どうでも良くなる(笑)。

だって、挿絵が美しすぎるから、視覚的にはもう腹いっぱいなわけで。

父さん、冬の富良野はクソ寒いわけで。(そんなこと純くんは言ってねー)

あとは、気分の問題なわけで。

そんなわけで、チビチビ読んでいくわけで。
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by coffee-cigarette | 2006-01-27 11:10
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